今回はピープルデザイン研究所の田中真宏氏と、博展の鈴木亮介氏をお招きして、弊社中島とイベントの開催において直面する「サステナビリティ持続可能性)」における課題について対談を行いました。非常に白熱した対談となりましたので前編・後編に分けてお届けいたします。(本記事は前編となります)
田中真宏氏(NPO法人ピープルデザイン研究所 代表理事)
2012年のNPO設立から関わり、「超福祉展」などの多くのイベントやプロジェクトの企画から運営までを担当。2021年より代表理事に就任し、全国各地に活動の幅を広げている。
鈴木亮介氏(株式会社博展)
サステナビリティ推進部で主にサーキュラーデザイン(循環型経済のためのデザイン)を担当。
ピープルデザインとは“心のバリアフリー”をクリエイティブに実現 する思考と方法論
中島
イベントには、多様な人種や価値観・個性を持った方々が一度に大勢いらっしゃいます。また、「多くの廃棄物を出す」という視点から見ても、サステナビリティ(持続可能性)に対する課題は非常に大きい。
イベントをサポートさせて頂いている弊社としても、サステナブルに関する課題をお客様任せにせず、あるべき姿を提案していくスタンスが必要だと考えていまして、今回、お互いが持っている知見を共有しながら勉強できたらと思っています。
田中
NPO法人ピープルデザイン研究所の田中と申します。ダイバーシティのまちづくりを、行政や企業と連携しながら 展開し、イベント・プロジェクトを行っています。
そのアプローチの軸が下図に示すような形になっています。5つのマイノリティの方たちを設定して、その方たち の課題を4の領域でクリエイティブに解決しながら、まちづくり活動を展開しています。
子育て中の父母の方々もベビーカーを押していれば車いすとニアイコールですし、子供と手をつないで片腕がふさがっていれば、片腕が機能しないのと一緒ですので、一時的なハンディキャッパーとして対象にしています。
この5つの社会的マイノリティの方々の課題を、商品を作ったりする「モノづくり」 やイベントやプロジェクトといった「コトづくり」、授業とか研修といった「ヒトづくり」、あと重要な課題でもある「シゴトづくり」を通じてその解決策に対するアクションをいち早く起こし、世の中に提案しながらチューニングしています。
日本の社会では、障害のある方といわゆる健常者と呼ばれる方々とが、日常生活の中で分かれてしまっている現状があります。
私の世代はギリギリ、 障害のある人と教室の中で一緒に学んでいたのですが、現在では、普通級・普通校と特別支援クラス・特別支援学校に完全に分かれています。 一方、海外では 、義務教育の間は国籍・人種・年齢・宗教、障害などに関係なくみんな一緒に授業を行うのが普通です。
また、街中に目を向けてみると、例えば車いすの方が電車に乗るとき、日本では 駅員さんが手伝ってくれますよね。これは当事者の方にご意見を伺っても二分するのですが、日本はサービスが充実していてとても良いという方もいらっしゃるのですが、私たちは「障害のある方が電車に1人で、自由に乗れないこと自体に問題がある」と考えています。
同様に海外ではどうかというと 、車椅子の方が電車に乗ろうとして困っていたら、周りにいる方たちが「何か手伝いましょうか?」などと声をかける。 本人も「ちょっと助けてくれませんか」と声を発する。
日本と海外、どちらが良いと思うかは人それぞれだと思いますが、 私たちは後者の社会を目指したいと思って活動しています。
「医学 モデル」と「社会モデル」という障害の捉え方 の話があります。医学モデルは障害や困難等は個人の心身機能が原因であって、障害は人側にあるという捉え方。社会モデルは、障害は人にあるのではなく、その人の周りの社会側にあるという捉え方です。
日本人の障害に対する捉え方と意識は、この社会モデルに変えていかなければいけません。
「バリアフリー」「ユニバーサルデザイン」という言葉がありますが、障害を医学モデルで捉えている人が多くいる日本においては、これらの言葉は「健常者の私たちが、かわいそうな障害のある人を助けて、私たち健常者の世界に引っ張り上げてあげよう」という使われ方になってしまっていると感じています。
私たちが提唱する「ピープルデザイン」という言葉は、元々みんな同じ土俵の上にいて、その中で 、矢印を縦横に伸ばしていけばいいのではないかという考え方です。これが 実現した状態が、ダイバーシティ&インクルージョン 、つまり多様性に寛容で、多種多様な方たちが1人1人活躍できる社会だと思います 。
あと一つ 、私たちはダイバーシティ&インクルージョンよりもさらに上の社会状態として、「超福祉」というビジョンを掲げています。すごく簡単に言うと、障害のある人やマイノリティの人たちが「かっこいい!」「すごい!」とか、憧れを持ってみられるような社会です。
例えば、パラスポーツはこれまでは障害のある可哀想な人ががんばってやるスポーツ的な扱いが多かったのですが、最近ではやっと「かっこいい!」「すごい!」という見方に変わってきたと思います。このように、みんなの意識が変わっていく社会になればいいなと思っています。
私たちは「超福祉」という社会 を日常にすることを目指しながら、「ピープルデザイン」という手段を使って、様々なイベントやプロジェクトを展開しています。
イベントにおける環境低減とクリエイティブを両立させる
鈴木
私は、博展のサステナビリティ推進部のサーキュラーデザインルーム に所属し、資源循環型のイベントを成立させるための施策を行っています。
具体的には、イベントの中に環境負荷低減を実装していくことや、資源循環型のイベントにしていくために分解可能な工法を開発したり、端材などを使った未利用資源を活用したプロダクトを作ったり、イベントの資源を輪のように繋げていくことを行っています。
イベント業は大量生産・大量消費・大量廃棄の中で成り立っていますので、その中で環境負荷の低減 を進めていくと、クライアントの「コストが上がるのではないか」とか、「デザイン性がシュリンクするのではないか」といった懸念につながりますが、そういった犠牲を払わず、高いクリエイティビティをその中でも両立させることを大切に進めています。
また、イベントは単発で終わること多いのですが、しっかり可視化・分析して再現性を作っていくことも重視しています。
「誰も取り残さないイベント」の実現には「合理的配慮」という考え方が必要
中島
人にまつわることをされている田中さん、モノにまつわることをされている鈴木さんということですね。
事前にお渡ししていたキーワードに「誰も取り残さないイベント」というものがあるのですが、いかがですか。
田中
これは完璧に実現することは本当に難しいですね。「いらっしゃるであろう来場者」に対して、迎え入れる私たちが想像の幅を広げ、それらの人たちを取り残さないという風に考えないといけません。ただ、リソースは無限ではなく限られる中で、「世の中の全ての人」を対象としながら完璧に準備をすることは、正直難しいと思います。
中島
「合理的配慮」という考え方がおありなのですよね。
田中
私はその 専門家ではないのですが、「障害者差別解消法」というのがありまして、障害者が社会的障壁の除去を必要とするときは、その負担が過重でない場合には、その障壁を除去するために必要な配慮を、可能な範囲で対応することが求められます。
ポイントは「建設的対話」です。これをきっかけに、障害のある方と事業者とが建設的対話を行い、相互理解を深めながら対応を検討していくことが大切なのです。
「その負担が過重でない場合 」という点でいうと、わかりやすいところではイベントには予算がありますよね。 この限られた予算の中で、あらゆる障害のある方や外国人の方などに完璧に対応するのは不可能です。ですので、双方の過度な負担にならないよう建設的な対話を行いながら、お互いのことを想像して思いやりつつ、双方の事情を理解し、寛容に前向きな落としどころを探るのが大切だと思います。
またイベント開催においては主催者がしっかり「スタンス」、つまりはこれらに対する考え方や対応を表明することも重要だと思っています。
参考資料――――――
内閣府発行「令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されました」
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/pdf/gouriteki_hairyo2/print.pdf
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ただ、公平性の担保が必要な官公庁や大企業が表明することは難しい場合も多々あるので、例えば私たちのような団体や専門的に取り組む団体と連携し、「私達は〇〇という団体の考え方に共感し、そのスタンスでこのイベントに取り組んでいます」と表明するのはひとつの方法だと思います。
中島
明確なガイドラインがあれば従いやすいですが、そうではなくて「落としどころを決めていく」というニュアンスなのですね。
合理的配慮の具体的な取り組みと手法について
中島
参考になりそうな事例を伺えますか。
田中
私たちがイベントを開催する時は、私たちの考え方に共感してくれるそれぞれの障害当事者の方々に意見を聞きながら準備対応しています。例えば、聴覚障害当事者の方からアドバイスを頂いて、イベントでシンポジウムを開催する時、 「このシンポジウムには手話通訳はつきません」という表記をしたことがあります。
そうすることで、まず聴覚障害の方が 「手話通訳つきますか」と問い合わせていただく手間をなくすことができますし 、それによってご自身で 手話通訳者を同行させた上で参加することもできます。私達のイベントはそのほとんどが少ない予算や人員の中で行うことが多いので、「申し訳ありませんが〇〇は用意できません。でも、事前にお問い合わせいただければ、できる限りの対応をいたしますので、何かご要望があれば事前にお問い合わせください」というスタンスをあらかじめ表明しています。
また、私たちのイベントでは、音声をリアルタイムで文字翻訳するソフトを、企業の協賛で 導入していますが、これを普通に導入しようとすると、イニシャルで 200万円ぐらいかかります。こうした企業協賛やよっぽどの潤沢な予算がない限り導入のハードルは高いですよね。それが難しくても別のもので代替えするというのもひとつの解決手法です。今は性能の高い音声文字翻訳のスマホアプリなどもありますので、それらの代替策を事業者側が努力して探すことは大事かと思います。
中島
こういう取り組みをやろうと思うと、コストをどこまでかけるべきなのかというのもありますが、運用面でカバーするとか「これがないですよ」と伝えることも合理的配慮としていいアプローチなんですね。
何かデジタル的なアプローチは可能でしょうか?
田中
私たちのイベントでのシンポジウムは 同時にオンライン配信もしていまして、何でもないことなのですが、これが誰も取り残さないというテーマにフィットするかもしれません。
例えば学校や教育がテーマ のイベントでは 、子供が体調崩して出られなくなった親御さん や、出張費が捻出できない地方の 学校の先生などから「配信してくれたおかげでイベントに参加 できた」という声が多く 寄せられています。
あと、今年のイベントで取り入れたのがNFCタグ(近距離無線通信)です。Suicaと同じ仕組みですね。
イベント会場では わりとQRコードが使われると思うの ですが、クリエイティブを重視する中では特に、QR コードはデザインを阻害することが多いと思っています 。あと 視覚障害者の方には QRコードの位置自体がわからないのです。
そこで、NFCタグに情報を入れ込み、上から厚盛印刷のシールを貼り、触ってNFCタグの場所がわかるようにしました。NFCタグの大きさは2.5センチ程度ですし、シールで隠せるのでクリエイティブを阻害しません。また、スマホをタッチするだけで情報がスマホに入るので、視覚障害の方は自分のスマホでそのテキストを読み上げることができます。
また、QRコードはリンクのURLを変えたい時は、印刷し直さなければならないのですが、NFCタグはリンク先や内容を、手持ちのスマホで簡単に変えることができます。つまり、NFCを使って製作したPOPなどの印刷物は流用ができて、廃棄を減らすことができるのもポイントです。
中島
面白いアプローチですね。
田中
障害は人によって様々、すべての障害に対して対策を講じることは困難です。
具体的な障害とそれに対する対応策はたくさんあります。
例えば視覚障害者の方々に対しては、誘導のサインを大きな文字にしたり下地を黒色にしたり、配色はカラーユニバーサルデザインに配慮したり、盲導犬用のトイレを設置したり、音声読み上げアプリなどを準備する。
身体障害を持つ方々への配慮としては、段差の解消やトイレ機能の補完をするといったこともあります。
あと発達障害の方には、掲示物の情報量を調整したり、感覚刺激に気を遣ったり、香りや触覚・光などに配慮をする必要もあります。
中島
香りへの配慮とはどうすべきなのでしょうか?
田中
匂いだけではなく視覚や聴覚情報についてもですが、それらの感覚については過敏な方もいれば、逆にそれらが弱いため強い刺激を与えた方が快適な方もいるので、匂いのみならず感覚への配慮というのはこれまた個別なケースも多く難しい点です。
感覚の強弱の話ではないのですが、室内に人工芝引いて芝の香りを噴出し、室内だけど屋内の雰囲気が感じられるようにすると、特に視覚障害の方には香りでその雰囲気を強く感じてもらえたりします。
あと知的障害の場合は、文字を理解するのが苦手な方もいらっしゃいますので、文字の代わりにその意味をアイコンで表示といった工夫も考えられます。
LGBTQの方からは、「男女記載があると困る」とか、トイレも「性別を問わないトイレがあるとよい」という話を聞きますなね。
イベントで実施するアンケートに性別を選ぶ項目がありますが、これまでは「男」「女」の二択でしたが、最近では「どちらでもない」とか「選択しない」という選択肢があるものも増えてきました。
中島
いろいろ考えなければならないことがありますね。
田中
繰り返しになりますが、全てを完璧に準備するのは難しいと思います。しかし、それができなくても困っている当事者の方に真摯に向き合いながら、知恵と工夫によって代替案を考えることは可能です。
たとえば、視覚障害の方の盲導犬のトイレをいきなり設置するのは難しいですが、多機能トイレにペット用のトイレとペットシーツを置けば、それで助かる方はたくさんいらっしゃいます。
発達障害の方のための感覚を落ち着かせる部屋を作ろうとするとすごくお金がかかりますが、テントで代用することも可能で、これまたそれで助かる方も多くいらっしゃいます。
このようなできる限りの中での代替案を準備し、イベント会場内でさりげない配慮がされていれば、当事者の方々は「この場所、このイベントは私たちのことも考えてくれるんだな」という心理的安全性を高めることができ、そうした方々が参加しやすくなります。
中島
このように教えていただくだけでも、運営の方法論が全く変わっていくと思います。