目次
今回は、株式会社ゆるりとの冨澤直道氏と、弊社中島の対談の様子をお届けします。
株式会社ゆるりとは、デジタルコンテンツの企画・制作を手掛け、国内・海外のイベントDX領域でも多数の案件を経験されてきました。
海外のイベントDXの最新事情と日本のイベントとの違いについて、お話を伺いました。
中島
最初に御社についてお伺いできますか?
冨澤
ゆるりとは昨年で創業10年を迎えた会社です。もともとはウェブ制作と映像制作をメインで手掛けており、クライアントに伴走しながらマーケティング支援を行うことが多かったのですが、そのうちマーケティングオペレーションなども一緒にまとめてお願いされることが増えました。
そこからイベントDXの領域をやるようになったというところが、一つのターニングポイントだったと思います。自社でシステムもっているわけではなく、前職でイベント領域の業務していたこともあり、10年以上のイベント領域に関する知見を活かしながら、現在では国内・海外問わずイベントシステムのご提案や導入支援を行なっています。
中島
国内・海外問わずというのがすごいですよね。冨澤さんも英語堪能で。
海外ツールの進攻に強い危機感を感じた
冨澤
そこまで英語は堪能ではないですが、熱意で乗り切りました。3、4年前に初めてSwoogoという会社を知ったのですが、「これ日本に来たらやばいな」と衝撃を受けて、正式に日本の代理店としてパートナーシッププログラムに参加しました。
その後、Swoogoの導入支援などをサポートしているBW Events Techという会社にも出会ったのですが、彼らはイベントテック領域に特化をしていて、ひたすらイベント領域のDXを伴走支援しているのに驚きました。

株式会社ゆるりと 冨澤氏
中島
その会社は自分たちでプロダクトを持っているわけではないですか?
冨澤
持っていますがSwoogoなど一通りイベントに関するツールを全部サポートしていて、足りないところは自分たちでプロダクトを作ってフォローするといった感じですね。
中島
海外ツールで日本でも使われている有名なものだと、Swoogoはじめ、BizzaboとかCventとかRainfocusとかですよね。数年前に初めてSwoogoに触れたとき「やばいな」と思ったポイントは何だったんですか?
冨澤
最初はちょっと高いかなと思ったのですが、日本のシステムより機能的にかなり網羅されていて、この機能を好きに使えてこの金額は安いなと感じました。
中島
その頃と比べると日本が追いついたという感じはしますか?
冨澤
正直まだまだかなと感じます。
でも、その部分でいうと日本と海外の商習慣やイベントが担うビジネス上の意義が異なる点は意識する必要があると思います。
たとえば、「海外は有料イベントが多い」という特徴があるので、チケッティングの機能とイベントシステムが全部統合されて管理されています。
中島
日本だとバラバラにシステムを用意して、バラバラに使ってもらうこともあるから、それが統合化されてIDパスワードも一つで全部できますという世界観がやっぱり違うわけですね。
冨澤
ただ、できることがあまりにも多すぎるので、無駄が生じないようしっかりディレクションしていくことが重要です。
中島
アメリカでイベントディレクションしている方は、やはりシステムにも詳しいのですか?
冨澤
システムに詳しいというよりは、データをベースにイベントツールをきちんと用意してオペレーションを組んで運用していくことができる、という人たちですね。
あとマーケティングやイベントを支援するチームの人数の量は、アメリカの方が圧倒的に多いです。関わっている人数が全然違うところは、日本との大きな違いな気がします。
海外イベントでは体験価値の創出にコストをかける
中島
ここからは海外のツールやメディアが公開しているホワイトペーパーなどの資料も使いながら話を進めていきたいと思います。
参照したのは以下の資料です。

まず、これは「explori|Exhibit Leader Insights 2023」の調査データなのですが、イベントテクノロジーが活かせる領域を示しています。
「体験のパーソナライゼーション」や「ROI(投資対効果)」、「イベントの分析」や「コミュニティの育成」、また「AIを活用した機能」「製品検索」など様々な役割があり、体験のパーソナライゼーションがもっとも機会だと捉えられているようです。
御社がクライアントから受ける要望には、どのようなものが多いですか?

イベントテクノロジーに期待する要素 (出典:explori|https://www.explori.com/)
冨澤
日本だとROI(投資対効果)を求めるクライアントは本当に多い気がします。特にシステムに対してはそうですね。
海外だと、体験。エクスペリエンスをものすごく重要視していますね。日本だと「体験」というキーワードをお客さんから頂くことはほとんどありませんし、提案してもそこにはお金をかけないことも多いです。
中島
海外は、わざわざ西海岸から東海岸まで時間とコストをかけて移動することを考えると日本のそれはせいぜい往復1,000円2時間であり…イベントに参加するためのエネルギーが違いますもんね。主催者がイベントにかけるコストも日本とは段違いと感じます。
冨澤
そうですね。だからイベントで「色々な人と知り合ってもらいたい」「体験してもらいたい」という思いがすごく強いです。
中島
日本の場合だと「どれだけリード集められるか」とか、ROIがどうかという話が確かに多いですね。海外でいう「体験」は、具体的にどういうことを求められますか?
冨澤
人と人との繋がりというのも1個の体験ですし、ライブとかそういう意味での体験もそうですし、セッションのコンテンツ自体で学んでもらおうという体験もあって、多岐に渡る体験ですね。
また、彼らはTier1とTier2、Tier3のイベントという風にイベント規模を分けていて、Tier1のイベントだとリードを集めることよりも、ブランディングという意味合いも強くなります。やっぱり世界観を出すとか、そういったことの方が多いんじゃないかなと思います。イベント会場で観覧車を見たこともありますよ(笑)。
中島
日本の主催者には体験に対して投資して頂くのは難しいでしょうか?
冨澤
なかなか勇気が出ない感じはありますよね。意味があるのか、効果があるのか、やったとして成果を求められた時に可視化できるのか。
中島
逆に、「海外になくて日本にはある」といった特有なテクノロジーはあるでしょうか?
冨澤
「来場通知」などは日本特有かもしれません。昔はメールだけでしたが、クライアントの使うコミュニケーションツールが増えることによってTeamsと連携してほしいとかSlack、SMSの通知にも対応してきました。
冨澤
「営業が控室に待機していて、顧客が来場したら走って迎えにいく」というスタイルは日本独自なのかもしれません。
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海外では他ツールとの連携でイベントDXを加速する意識が強い
中島
海外のイベントツールって多岐に渡るなと思っていまして。特に体験系のツールが充実している。
例えばデジタルマップやインタラクティブなアンケート、サイネージ系やプリンターなどのデバイス系。セミナーを聞くときも、広いスペースにセミナーが混在しているからヘッドセットをつけて聞くみたいなことがある。
日本でイベントツールがまだ充実していない背景は何でしょうか?

現在使用されているイベントテクノロジー (出典:Bizzabo|https://www.eventindustrynews.com/event-technology-insight-report)
冨澤
日本は会場が小さいのでデジタルツールの効果が発揮しづらいことも多いのではないでしょうか。とはいえ、ポイントラリーをデジタル化するとか、ゲームフィケーションを足し合わせてデジタルマップを運用するのはありだと思います。
中島
海外のツールでそういった体験を向上させる機能で注目のものはありましたか?
冨澤
パスがRFID(電波でデータの読み取りを行うシステム)になっていて、来場者同士でパスをタッチして人と繋がれるシステムがあって、それは面白いと思いましたね。けっこう画期的だと思うんですが、意外とアメリカはRFIDの否定派多いです。
中島
なぜですか?
冨澤
無駄だという意見が多いです。「たしかにRFIDはできることがたくさんあるけど、紙に勝るものはないよね」と言っていました。対コストで考えても、そこまで人のデータを取ってどうするんだ、そのビッグデータを扱い切るのは無理だと。
冨澤
その他で言うと…イベントだけでなくホテルまで全部手配できるシステムもありましたね。ホテルの予約システムと連携されていて、イベントに登録するときに一緒に宿泊の予約も一緒にできる。それを主催側も把握できますし、出展者側も宿泊費をどのように支払うのかなども選べて、細いニーズに応えられるようなシステムになっていました。
また、先程の体験というキーワードにも繋がりますが受付で渡すパスは綺麗に見せようとしていますね。ブランディングが目的だというのもありますが、受付で渡すパスも体験のひとつなので。
中島
僕が思っていたより海外は進んでいますね。
冨澤
進んでいると感じるのは、あまり自分たちで開発するという概念がないからかもしれません。自社ですべての機能を開発するのではなく、さまざまなシステム同士を繋いで一体化していくことにより、効率的に高水準の機能を用意する。他社のイベントシステムや他のシステムを連携することに対して、彼らはなんとも思っていないですし、逆に推奨しているくらいです。
自分たちでできないところは他とつないでやればいいという、そこの思想の違いは大きいかもしれない。
色々なシステムと連携して、できることが多い分、システムを活用したアイデアをどれだけ作れるかが、イベントの主催やコンサルをしている我々に求められているのかなと感じます。

弊社代表 中島
海外でもAIの活用は未だ過渡期
中島
AIって最近のイベントでの利用状況はどうでしょうか?
冨澤
私個人ではだいぶAI使ってますけど、イベントにおいては今のところ、あまり使うシチュエーションはない印象です。
レコメンデーションとかもそうですが、主催者さんは「人が少ないセッションに誘導したい」とか、どうしても恣意的なものを入れたがるんですよね。
中島
完全にAI化されると困るということですね。
冨澤
AIはどちらかというと、イベント終了後にデータ分析で使うシチュエーションが多いと感じています。
中島
海外だとAIはレコメンデーション、データ分析、製品の推奨、チャットボット、あとコンテンツの制作とかコンテンツのキュレーションにも使われていますね。
海外の成功事例ってご存知だったりしますか?

イベントの成功に役立つAI技術(出典:explori|https://www.explori.com/)
冨澤
正直、まだ成功例と言えるものは聞いていないのですが、バナー作成やメール文面作成の効率化で使っているところはありました。
今後という観点では、AIを出展者・来場者のマッチングに使いたいという需要はあるかもしれません。
リアルとオンラインの価値を明確にし、手法を目的にしない
中島
イベントのテクノロジーについて、流行るであろう技術と廃れるであろう技術はなんだと思いますか?
冨澤
オフラインとオンライン同時開催のハイブリッドイベントは減ってきたなと感じています。どちらかというと、「オフラインのイベントをやった後にオンラインイベントをやって、その後アーカイブを残して」みたい
な感じのお客さんの方が多いと思います。

イベントテクノロジー 流行る技術・廃れる技術 (出典:Bizzabo|https://www.eventindustrynews.com/event-technology-insight-report)
中島
海外ではあまりハイブリッドイベントってないのでしょうか?
冨澤
先ほど減ってきたと言いましたが、意外とやっています笑
冨澤
以前、「オフラインイベントはオンラインと同じコンテンツなのに、アメリカの人たちは高いお金を払ってリアルイベントに来てくれるの?」と聞いたことがあるのですが、「いや、みんな体験にお金払っているから」と返答をもらいました。
体験だったり、オフラインでしか見られないセッションだったり、コアな内容に関してお金を払っている。オンラインは情報発信の場として使いながら、ハイブリッドイベントをやっている感じです。
中島
ハイブリッドが廃れているというよりは、それに対する技術とか知識っていうものがある程度イベントに関わる人たちの中で蓄積されてきたが故に注目度は相対的に下がっているということなんでしょうね。手段としては有効的であると。
冨澤
闇雲にハイブリッドやってみようっていうところから、ハイブリッドにすることの意義をクライアントが見つけられるようになったのかもしれません。
冨澤
例えば、アメリカではTier2 、Tier3のイベントはオンラインでやっていることもけっこうありますし、そこではどちらかというとリードを集めること重視していたりと目的によって使い分けています。
国内外ではイベントアプリの捉え方が違う
中島
海外のイベントだとアプリがスタンダードなんですか?
冨澤
やはり会場が大きいし、コンテンツもセッションも多いですからね。でも、セッションを事前登録させることはあまりなくて、どちらかというと自分のマイアジェンダ的なニュアンスで使ったりしていますね。
中島
日本市場では、イベントアプリって必要だと思いますか?
冨澤
僕はやってもいいと思いますけどね。日本のイベントアプリってそれこそ自分たちで作ってアプリストアに申請して、神経をすり減らすみたいなことも多かったと思うのですが、今は外資系のツールがたくさんありますし、データやQRコード、イベント情報も連携できます。プッシュ通知などできることは多いと感じています。

(左)弊社代表 中島 (右)ゆるりと 冨澤氏
中島
ただ、アプリでできることはほぼ100%ウェブでもできてしまうんじゃないかと思っていて。というのも、「アプリをダウンロードして頂く」こと自体が目的になって、そこに対するプロモーションコストがかかるのは、本末転倒なんじゃないかと。
でも、海外だとイベントアプリは多いですよね。
冨澤
日本でイベントアプリというと「ダウンロードして頂く」「活用して頂く」というスタンスですので、温度感が違いますね。
海外は「使った方が楽しめる」といったニュアンスが強いかもしれません。さっき言ったようなスタンプラリーができるとか、マイアジェンダを作って自分で楽しんで色々できるとか。そもそもアプリというもの自体の捉え方が違うかなと思います。
冨澤
アプリ以外でも、カクテルパーティーやライブがあったり、楽しませようとしている。イベントってお祭りみたいなものでもあるじゃないですか。
アプリも「エクスペリエンスとして提供してる」という感じで、別にダウンロードしなきゃいけないというスタンスではないような気がします。
中島
海外のアプリは日本で流行ると思いますか?
冨澤
入ってきてもいいと思いますけどね。今までネイティブで作らないといけなかったものを彼らと連携することによって即デプロイできる環境っていうのは魅力的だし、開発側の心情からしても、冷や冷やせずにすみます。
ただ、アプリでのコンテンツがそもそもつまらないと「ウェブでいいのでは」という話になりますしダウンロードもされないので、結局は企画とアイデア次第だと思います。
イベントDXによって体験への投資のROIを見える化させることが鍵になる
中島
日本国内のイベントテクノロジーに対する投資は今後高まっていくと思いますか?また、どんな領域に対して予算が増加されていくと思われますか?
冨澤
間違いなく高まっていくと思います。カテゴリーで言うと、まずエンゲージメントに関してはCRMとの連携が最近必須になりつつありますし、そこの部分も含めてイベントとしてどういう風にデータフローを作っていくか、それが重要です。
中島
成果の見える化みたいなことですね。
冨澤
はい。最初の集客のところからイベント終了後までデータを追っていくというところは一つの鍵になるかなと。
もう「集客で広告にお金を割く」というところに限界が出てきつつあると思うんです。広告は誰もが見られるわけでもないし、メルマガも世の中にあふれているし、結局一番効果があるのはハウスリストからの集客ですから。

体験に予算を割く事でイベントの価値と成果が向上すると語る 冨澤氏
中島
7、8割そうですね。2、3割を埋めるために多額の集客コストをかけてリードの質を薄める結果も目にします。
冨澤
そう考えると、「登録ステップも含めた体験に対してどういう価値を提供したいとか」といったポイントにフォーカスしていった方が、結果的にROIも高くなるんじゃないかとも思っていて。
そもそもGoogleで検索すること自体がすでにパーソナライズされているのに、マスに対してやる広告はもったいないのではないのでしょうか。
中島
“集客”にかけている費用が“体験”に向いたとしたら、もっといいイベントになりそうだし、成果も上がりそうですよね。